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山口地方裁判所 昭和32年(行)2号 判決 1960年3月24日

原告 吉田吉雄

被告 山口県知事

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「被告県知事が昭和二十八年九月二日附を以てなした譲渡人河村清一、譲受人松本繁男間の別紙目録記載の農地に対する所有権移転の許可処分は無効であることを確認する。若し右請求が理由ないときは右許可処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和十五年春訴外亡河村清一より別紙目録記載の農地(以下単に本件農地と略称する)を賃借し、爾来本件農地を耕作してきた小作人であるが、被告県知事は昭和二十八年九月二日附をもつて本件農地につき譲渡人河村清一、譲受人松本繁男間の売買に対し農地法第三条の規定による所有権移転許可をした。

二、しかしながら、右許可処分は次の理由によつて違法である。

(1)  本件農地は当時原告が賃借権に基いて耕作の用に供していた小作地であり、従つて本件農地の所有権を小作人である原告又はその世帯員以外の者に移転することは農地法第三条第二項第一号により禁ぜられているところでありながら被告県知事は敢えて右条項に違反し、本件農地につき買受資格のない訴外松本繁男に対する所有権移転に対し許可処分をなした違法がある。

(2)  本件許可処分は譲渡人として訴外河村清一、譲受人として訴外松本繁男連名の所有権移転の許可申請書に基きなされたものであるが、右許可申請書中譲渡人たる訴外河村清一の署名捺印は冒署冒捺によるものである。即ち訴外河村清一は既にこれより以前昭和二十六年六月十四日死亡しており、そのため、その子である訴外河村栄が右部分を何ら権限なく冒署冒捺したものであつて、かような偽造の許可申請書に基いてなされた許可処分は違法である。

三、以上の次第によつて本件許可処分は違法であり、而もその瑕疵は重大且つ明白であるから、当然無効であり、よつてここに被告県知事に対し本件許可処分の無効たることの確認を求める。若し無効でないとせられるときは、予備的にこれが取消を求める。

(立証省略)

被告指定代理人等は「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

その理由として、

一、原告の主張事実中、被告県知事が譲渡人河村清一、譲受人松本繁男とする連名の所有権移転許可申請に基き、本件農地について昭和二十八年九月二日附をもつて原告主張のとおりの所有権移転許可処分をなしたことは認める。

二、本件許可処分は農地法第三条の規定に基いてなされたものであるから、原告が当時本件農地の小作人であつたとしても、これに基き本件処分の無効確認を求めることにより原告に何らの利益をもたらすものでなく、のみならず、原告は本件許可処分の基礎たる売買について自ら斡旋をし、而も原告は農業委員を務めた経験もあつて農地法を熟知している者であり、従つて民法第七百八条の趣旨からしても、原告はその耕作権を主張し得ない立場にある。この点からしても、原告は本件許可処分の無効確認を求める利益をもたないものである。

三、仮りに右主張が理由ないとしても、被告は本件許可処分をなすに当つて、本件農地が自作地であると認定するに十分な根拠を有しており、それにつき何ら故意過失を伴わず、従つて本件許可処分にはこれを無効ならしめる程の重大且つ明白な瑕疵がない。而して本訴は行政事件訴訟特例法第五条の出訴期間を徒過しているから、その取消を求めることも許されない。

と述べた。

(立証省略)

理由

被告県知事が、本件農地につき、昭和二十八年九月二日附を以て譲渡人河村清一、譲受人松本繁男とする農地法第三条の規定による所有権移転許可処分をなしたことは当事者間に争がないところであるが、原告の本訴請求の当否を判断するに先立ち、先ず原告が本訴の当事者となる適格があるか否かについて審按する。原告は本件農地の小作人であるという地位に基き、右所有権移転許可処分を違法として当該行政庁を被告としてその無効確認若しくは取消を求めて本訴に及んだことは原告の自陳するところである。然しいつたい行政庁を被告として行政処分の無効確認若しくはその取消を訴求し得る者は、必ずしも当該行政処分の直接の名宛人であることを必要としないけれども、当該行政処分の無効、取消につき法律上の利益を有しなければならないことは謂うを俟たない。而して本件にあつては農地法第三条の規定による所有権移転許可処分であつて、右許可処分はその対象たる私法上の所有権移転行為を有効ならしめる行政処分であるから、右許可処分の瑕疵につき無効、取消を求めることは結局右私法上の所有権移転行為の効力発生を否定することになり、従つてかかる効力発生を否定するについて法律上の利益を有しなければならないところ、右許可処分の第三者であり単に本件農地の小作人たる地位を有するに過ぎない原告は、かかる法律上の利益を有しないものと解するを相当とする。蓋し、本件農地の小作人である以上、本件農地の所有権が他に移転することとなつても、原告の右小作人たる地位に何らの影響を及ぼさず、原告は従前と同一条件にて本件農地を耕作し得るからである(農地法第十八条)。尚農地法第三条第二項第一号の規定によれば、小作地についてその小作農(及びその世帯員)以外の者に当該農地の権利の移動につき都道府県知事の許可処分に制限が付されており、従つて小作地についてその小作農以外の者に所有権を移転することは農地法の禁ずるところであるから、その反面において小作地についてその所有権を取得し得る地位にある者はその小作農のみであるが、然しかかる買受資格は農地法が小作地の所有者に対しその小作農以外の者にその所有権を移転するのを禁止していることの反射的利益に止まり、従つて行政庁が右禁止に違反して所有権移転の許可を与えたとしても、これに対し小作農は自己の権利を侵害されたとしてその無効、取消を求めることはできないものというべきである。

以上の次第により、原告は本件許可処分の瑕疵につき、その無効、取消を求める当事者適格を有しないものというべきであるから、本訴は不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅納新太郎 松本保三 田辺康次)

(別紙省略)

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